『the head・団長への道』〜一回生の章〜 拾弐

〜一回生の章〜 拾弐

 冷たいコンクリートの階段を上がると目の前に青く繁った芝生が広がっていた。その後ろには手書きで味のあるバックスクリーンが幾多の名勝負を見届けて来たかのように威風堂々と立っている。外野席は全て芝生、のんびりした風景。そして自軍のスタンドに目をやると、のんびりした風景が一変しほぼ満員の観客で埋まっていた。
 なんだ?甲子園の予選でも大会決勝でもないのに…その光景に驚きながら相手(名電側)を見るとなんとガラガラ。昔の川崎球場のようだった。“中京は人気があるんやなぁ”と感心してると二年のナカシマが「配置せえや!」と怒鳴った。
 初陣で右も左も分からず躊躇してる俺達は他の二年に引率されスタンドの階段や通路にバラバラに配置された。

 俺の横には100人を越える野球部の一年が座ってる。同じクラスの野球部員が俺を見てニコリとしてた。新野球部員にとっても今日が初の試合観戦で期待に満ちあふれた表情で座っているが、そいつらが俺達までをも見ていると思うと極度の緊張感に覆われタマキンが天まで上がってしまった(そんなわけあるはずないけどね)。
 ふとスタンド最前列に目をやると例の二人がOBらしき男にペコペコしてる。OBらしき男がニヤリと笑った。“なななんじゃぁ、ありゃ!?”笑った男の歯はその約7割が金歯と銀歯に装飾されロレックスのコンビのように豪華に光っていた、というより“007”の宿敵[ジョーズ]そっくりっていうか。

 俺達が自然体を組み立っているとナカシマからハクタイ(白い手袋)装着の合図。間もなく始まる試合に緊張が高まる。しばらくすると一塁側から黄色のトレーナーに紫の鉢巻きをした名電の応援団風の生徒が3人歩いて来た。名電には応援団が無い、従って生徒会か野球部員から作る急造応援団ということになる。風格も厳つさも全く無い。そんな連中が中京側のスタンドに来るという事はスラム街に迷い込んだ日本人観光客の心境だろう。
 この儀式は応援団間で必ず行われる試合前の挨拶である。挨拶は歴史の古い応援団に歴史が浅い方が出向くのが常である。我が中京は県内はもちろん東海圏でも歴史は一番古く全国でも第四位に位置していた。あの悪魔二人組は第56代にあたる。

 この挨拶で試合前と後のエールの順番を決める。通常先攻チームが先にエールを振り、勝利チームが先にエールを振る。しかし中京にはそんな打ち合わせはいらない。何故なら後攻だろうが負けようが必ず先にエールを振るという不文律が出来上がっているからだ。だから応援団のある古豪、強豪校は「本日は宜しく」と挨拶をして帰るのだが名電の急造応援団はそれを知らずあの二人を怒らせてしまった 「押忍、名電応援団々長〇〇ですが、先攻なので先にエールを振りますがよろしいですか?」
 その言葉に真っ先に反応したのはオオツカだった。目を血走らせ血管がメロンの表面(あるいはキャン玉袋)のように浮き上げ立ち上がった!
「クゥオラ〜、今なんて言ったんだぁぁ〜、あ?この電気坊主〜!」
 ちなみに「電気坊主」とは名電生のあだ名。この電光石火の恫喝に後退りする名電生。
「あの…その…えっ?」
 じわりじわりと詰め寄るオオツカとスタンドの雰囲気に顔面蒼白の三人組。それをニタニタ見ていたヨシダがここぞとばかりに立ち上がる。
「おい、おみゃぁさんたらぁよ〜どこぞの学校にもの言っとりゃぁすきゃ。わしら中京だがね、先攻後攻、勝ち負け関係無しでエールは中京が先に決まっとるぎゃぁ。覚えとけドたわけがぁ〜。分かったらちゃっと帰って応援のまね事でもしとけっ!」
「ししし失礼しますっ」名電生は慌てふためき自軍スタンドへ。
 へっへっへっ、バ〜カ。オオツカが得意満面で笑った。

 グランドでは中京のノックが始まった。初めて見る立ち襟付きのユニフォームは痺れるくらい格好よかった。それとツバが上がった帽子渋すぎる。そんな選手に見とれているとナカシマから次の号令が。「九人エールだ」。九人エールとはその日の先発選手の名前をコールして応援する一発目のエールである。それと同時に団旗を揚げる合図も出る。ピッチャーから順にライトまで最後はフレーフレー中京で締める。
 俺達の初陣が始まった!選手の名前を大声で叫び力いっぱい手を叩いた。両校のノックが終わり最後のグランド整備が始まった頃、団長ヨシダがスタンド最前列中央に立ち上がり、両手を揚げ口上を発した。
「中京ファンの皆さん、並びに先輩生徒諸君。本日は我等中京高等学校に絶大なる御声援をお願いします!」
 この口上を合図に回りの人達に「よろしくお願いします!」と何度も頭を下げ応援をお願いする。万雷の拍手の中「校歌〜、よお〜い!」のヨシダの号令に「ド〜ン!」と太鼓が鳴る。とうとう俺達が練習に練習を重ねたデビュー曲校歌の初披露だ。音程もコブシもビブラートも無い。
 ただただ大声でがむしゃらに歌った。校舎や階段で歌った感覚とは全く違う爽快感が体を抜けた。

 投球練習場のマウンドを見ると未だ現役で頑張る『ハマのオジサン』こと名電のエース工藤が立っていた。
 アンパイアの手が揚がった
「プレーボール!」
 俺達のバカな青春も幕を開けた。

<続>



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 拾壱

〜一回生の章〜 拾壱


 俺達は初陣となる春季大会を明日に控え最終練習に心血を注いだ。この日は顧問のクマさんも練習に顔を出し、俺達よりもあの二人がふざけないか監視していたようだ。
「集まれっ」。体育館階段に鶴翼に広がっていた俺達はクマさんの号令で急いで横隊の陣をとる。この時のヨシダの動きがワザトラマンエースだった。クマさんまで僅か2、3メートルの距離なのに姿勢を低くしダッシュするのだ。しかも歯を食いしばって。ガキのかけっこでもあるまいし。一番乗りで列んだヨシダの顔は『プロ野球スナック』でホームランカードが当たった時の成績の悪い小学生並みの誇らしげな顔をしていた。

 整列した俺達にクマさんから明日の予定や注意事項が告げられた。
「え〜、明日の試合は熱田球場で開始は朝10時、相手は名電。たぶん向こうは応援団が来ない(名電には正式な応援団が無かった)が、かと言って力を抜いた応援は許されない。OBの先輩方も沢山来られるようだから母校の勝利に向け一生懸命やってくれ。一年生は初めての試合になるが間違えても慌てず大きな声で応援するよう。いいな!それとヨシダ、オオツカ。おかしな学ランは禁止だぞ!特にオオツカ、聞けばマントのような学ランを着てるそうじゃないか、そんなものは論外!見つけたら切るぞ。いいか!そしてヨシダ、お前身体がデカイからといって大きいサイズの学ランを買ったら丈も長かったなどとくだらない事言うんじゃないぞ。決められた制定服で来いよ!」
 図星の二人は苦笑いを通り越し顔面を引き攣らせて乾いた歯茎に唇が引っ付いて離れなくなっていた。
「それと誰か明日学校に来て太鼓と団旗をタクシーで球場まで運んでくれないか?一人じゃ大変だから二人で」
 クマさんの問いに二年のナカシマが挙手した。
「押忍、自分が学校から一番家が近いので一年のウシダと運びます。押忍」
 突然の指名に戸惑うセイゴ(ウシダ)。しかし仕方がない。なんせナカシマとセイゴはおな中だから。クマさんからタクシーチケットを受け取り伝達事項が終わった。練習もここで切り上げ部室へ。長椅子にセイウチの様に横たわるヨシダが翌日の連絡事項をおさらいする。
「明日は9時に熱田に集合だぁ〜。球場横に俺に無断でデカシタ(造った)断夫山古墳(だんぷやまこふん)ちゅう原始人の墓があるでその下のベンチ前に集まれや。分からん奴は地図で調べやぁせ」
 そこでヨシダはタバコを一服。オオツカはマント学ランがバレている事にうろたえ、タバコを吸うどころかシガレットチョコレートのようにかみ砕いていた。
「よし、きゃぁるぞ!」。毎度ヨシダの気まぐれな号令に帰り支度を急いだ。グランドでは明日の試合に備え野球部が金属音を響かせていた。

 明けて当日。鏡の前でソリと眉毛を整えていると「何時からやねん」と親父の声。剃刀と毛抜きを駆使しながら「10時」と面倒臭く言うと「見に行ったろか」と予期せぬ言葉。「学芸会でもあるまいし、来んでええからな」の模範解答に「さよかぁ」と笑う親父。
 次いで玄関で慌てて靴を履いていると「あんた気張りや」と言う声とカン、カンと乾いた音が耳に響いた。振り向くとお袋が石を擦り笑ってた。ヤクザの出入りじゃあるまいに。
「ほな行って来るわ」
 俺はバスと地下鉄で球場へと向かった。

 球場の最寄り駅で地下鉄を降りると老若男女の人の波、波、波。出口が分からない俺はその人波について行った。
 地上に出てしばらく歩くと熱田神宮公園の看板と共に『春季高校野球愛知大会』の横断幕が目に入った。その幕をくぐり奥を見るとバックスクリーンが見えた。先程の人の波はみな球場へ向かっている。俺は指定された古墳を探すも見当たらない。青々と繁る木々のトンネルを進んでいくと、ようやく数人の団員の姿を見つけた。
「お〜い」。タイチ、マコト、マサトの港三銃士が手を挙げて俺を呼んだ。「早いな、で古墳てどこよ?」。俺の問いに「この後の山が古墳らしいわ」とマサト。「へぇ〜」大阪にある古墳と比べると小さいが目前にある古墳だけはスケールがデカかった。そうこうしながらベンチ前でぶらぶらしてるとセイゴが走って来た。
「誰か太鼓と団旗運ぶの手伝って」。国道に止まっているタクシーにダッシュする俺達。そこに背も無い、目も無い、華も無いナカシマが“テメエラ遅いぞ”とばかりに仁王立ち。しばらくすると残りの一年と二年が到着し古墳下ベンチ前であの二人を待つ事に。俺達の前にはまだ途切れない人の波が続いている。そしてその人の波は俺達を好奇の眼で見ている。
「押忍!」。突然ナカシマが大声を張り上げ挨拶をした。
 はっ? 誰に? 何処に?。辺りを見渡すも人波で何が何だか分からない。ただその一般ピープルの彼方から異様な雰囲気が近付いて来ることだけはこの一ヶ月の訓練で感じられた。

 あの二人か?。予感はノストラダムスやサイババよりも的中した。一歩が5ミリの女中歩きのヨシダと一歩が百歩のガリバー歩きのオオツカの登場だ!
 パンピーは恐れて道を空ける。完全にヒールや、世界最強タッグのブッチャー&シーク組より完全に弱いし華もないが、二人は“今この瞬間は僕たちだけのステージ”と言わんばかりに派手に威張って歩いていた。
「おう、揃っとるきゃ。いざ出陣といきゃぁすか!その前にヤニッ!」

 しばらくするとクマさんもやって来た。試合開始30分前、俺たちはクマさんに引率され正面口から球場へと入った。古い球場だが愛知高校野球のメッカだけあってズシリとした歴史を感じる。
 このおんぼろ球場の冷たいコンクリートの階段に一歩足を踏み入れた時から俺の真の団長への道が始まった。
 これから二年半、幾度となく上ることになる階段。もちろん団長として上がる階段になろうとはこの時は微塵も考えていなかった。というよりオシッコに行きたくて堪えられなかった試合直前であった。


<続>



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 拾

〜一回生の章〜 拾


 入学して何が何だか分からない間に一ヶ月が経とうとしている。ただ確実に分かる事は応援団に入りあの二人に翻弄されているということだ。彼等にとって俺達はこのうえないオモチャに違いない。“このままでいいのか?これが夢と希望を抱いていた高校生活か?俺には灰色の”葛藤の日々が流れていた。“はぁぁぁぁ、今日もお唄の練習と発声練習か”。まるで長唄か詩吟を習っているような気分に姿勢は自然と丸くなり、お稽古場、いや部室に向かう俺。部室を目掛け知能指数0で全力疾走する運動部員達とは明らかに覇気が違っていた。

 トロ〜ンとした目で部室を見ると何やら二回生が慌ただしく部室を出入りしてる。
 “なにやっとんだ?熊さん(顧問)のガサ入れでもあんのか?”
 俺はいかにも校舎からダッシュしてきたかのように全身にターボチャージャーのシグナルを送り部室前へ飛び込んだ!
「ハァ、ハァ、押忍!先輩何かあるんですか?」。太鼓台を出し無表情のナカシマに聞いた。
「おう、今度の春季大会にOBの方が試合を見に来るらしい。だから今日からは通し練習だ!団旗を揚げて体育館の階段を球場のスタンドに見立て実戦形式の練習だ。ちゃっと回ししろ!(すぐ用意しろ)」
 細い目をカッと開きまくし立てるちょっとイカすナカシマであった。
 続々と集まる一年にその旨を伝え練習の準備をしていると、あの二人が苦虫をかみ砕いたような形相で部室へと消えた。中から聞こえるのは苛立つような声と困惑するアホ声のデュエット。しばらくして二人がジャージに着替え外に出て来た。俺達はそそくさと急ぎ足で体育館前へ向かう二人の後を大奥の女中のように厳かに追う(足袋はいてスリ足でね!)

 体育館前に着くとまず横隊番号。次いで団長ヨ〜シダの言葉。
「ええきゃ、来週から始まる春季大会に応援団のOBがぎょうさんござるらしいわ(たくさん来る)、うるしゃぁ奴ばっかだでビシッとせえよ!…ところでOBって分かるわなぁ?英語で言うオールドボーイだがや!けどなぁ、うちのOBは“オメデタイバカ”でOBだがね、ハッハッハッ!」
 まるで来年自分が卒業し、そう言われるのを分かっていない発言に“あんたがメデタイ”と思ったのは俺一人ではないだろう。この日からの練習は今までのものとはガラリと変わり実戦モードに入った。
 まずは校歌、次いで団長エール。そして攻撃を想定して「かっ飛ばせ中京やかっ飛ばせ〇〇」といった選手の名前を入れてのエール。
 先輩達の振るエールに俺達一年は声を張り上げ拳を揚げたり、手拍子を打ったり、いわゆる『バック』と呼ばれるポジションを淡々とこなす。ここで余談だが援団用語として『サチコー』という掛け声がある。なにも団長のナオンや西田でも小林でもない。だがこれが『ハマコー』では調子が悪い。『サチコー』とは観衆に呼び掛ける心を込めた言葉で、『さあ、もう一丁行こう!』が短くなり変型したものだ。
 しかし残念な事に応援団が消滅し、現在の体制(野球部員が応援団)になってからこの掛け声はいつしか『幸来〜い!』と言う認識となってしまった。マスメディアが勝手に活字にして広まったと思われるが、『幸来い』などと
そんな女々しい応援がどこにあるか?そんな言葉で勝てるわけないやろ?
 生徒諸君! 若いOB、並びにご父兄のみなさま、あれは『幸来い』でなく『サチコー』=さあ、もう一丁行こうっ!であります。
 さあもう一丁行こう、これを何度も繰り返し少し早口で言ってみて下さい。20秒後には『サチコー!』になります。たぶん。

 話しを戻そう。我が応援団は空手の組み手を取り入れた、「空手拍手三・三・七拍子」や「空手拍手ニ拍子・三拍子」等がある。そのどれもが団長や副団長が演じるものだ。
 それと全国でも珍しい日の丸扇を使った応援の数々。さすがこのあたりは全国屈指(創部歴全国四位、同年に浪商)である。普段ちゃらんぽらんな二人が真剣に型を振っている。それも一糸乱れぬ動きで、、、。
 “スゲェ、やればできるんや。俺達が三年になってあんなに上手くできるんか?”そんな真剣な二人が格好良く見えた、ちょっとだけね。いや、ちょっとのさらに半分、量にして耳クソぐらい。
 こんな気合いの入った練習が数日続いた、、、俺達はその中で校歌より有名で、選手はもとより生徒いやOBまでも熱くさせる「応援歌」の練習に時間を割いた。この応援歌の副題がなんとも凄いというか威張ってるというか、、『応援歌〜天下の中京』なのである。あの『陸の王者慶應』もぶっ飛ぶタイトルである!俺達はデビューシングル『校歌』に続き、セカンドシングル『応援歌』を来る日も来る日も歌い続けた。
 ちなみに聖子ちゃんのセカンドシングルは『青い珊瑚礁』です。こういうことも応援団にとっては大切な知識なんです。

 そして目前に迫った春季大会。この年の愛知県は後のプロ野球界で活躍する逸材がゴロゴロしていた。その年の春の選抜に出場した大府・槙原(巨人)、愛知・浜田の彦野(中日)、名電の工藤(現横浜)等の豪華な顔ぶれが並んだ。
 そして俺達の初陣は名電戦と決定。
 その日を前に我が応援団は一層力の入った練習を繰り返した。夕陽を浴び初夏のような風を受ける帰りの坂道で、俺達の顔が少し引き締まったように見えた初陣二日前。
 遥か甲子園に続く空が茜色に染まっていた。


<続>

今回は応援歌『天下の中京』を掲載させていただきます。

“天下の中京”
思え天下に中京の
名を響かせし先人の
その華やかな歴史をば
継がんと健児血涙の
錬磨の力悔ゆるなく
示すは今ぞ友よ起て
中京、中京、天下の中京



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 九

〜一回生の章〜 九


 初練習から一週間ほどが経った。来る日も来る日も校歌の合唱。そのうち輪唱ができるんじゃねえかと思うくらい上達している。そんな俺達をよそにあの二人は団長エールや三・三・七拍子等の型を振るでもなく、田中角栄の様に日の丸扇を目出たくパタパタさせている。
「おうオオツカの、今日は栄(名古屋イチの繁華街)でも繰り出すきゃ!」とヨシダが言えば、「待っとったぎゃ、キョーデェー。地下の茶店にえぇナオン発見しちゃったもんね。僕ちゃんとっぴ!(捕った)」などと相も変わらぬ低IQで下半身には高カロリーな話に花を咲かせるとろんとろんな毎日。
“コイツらの本性が分からん。いや分からんほうが幸せか”みたいな、まるでどーだっていい日々を俺たちは送っていた。
 そんなある日の朝、教室へ着くとセイゴとコウタロウ、マコトが一人の男を囲んで話していた。
「ウィ〜ッス。朝からどしたん?恐喝やいじめは級長の僕が見逃さないぞ」と善人ぶってその輪に顔を突っ込むと、クラスでもあまり目立たないチーム所属の「シモムラ」と言う小柄な男が立っていた。
「ニシオ、コイツ応援団に入りたいって言っとるけど、どうする?」
 セイゴがシモムラの肩をポンと叩き言った。
「はぁ〜?お前が応援団?やめとけ、やめとけ」と優しくそいつに言うと、
「なんかオマエら見てたら楽しそうだし、先輩も少なそうだし」
とシモムラはボソボソ。
 そこへ毎朝ヨシダの付き人をしているイナモトが登場。
「はぁはぁ、オッス。まぁあの人ん等にはまいるて。タバコ買い忘れてたら蹴られるし、モンチャン(学ラン)のたたみ方が汚いって殴られるし、やっとれん!ところでみんな朝から何しとん?」
 一気に喋りまくったイナモトは机にへたり込んだが、事の次第を話すコウタロウにイナモトは飛び起き、気合い一発!
「入りゃええが、頭数多い方が何かと都合ええで。あっそうや、俺のおんなじ中学だった奴が商業科におるけどそいつも今日から来るで。みんなで運命共同体や!」
 先輩からの怒りやヤキを分散しようとしているイナモトの浅はかな考えは一目瞭然だったが、入部を口にしてしまったシモムラはその流れに逆らえずその日の放課後部室へ行くハメに…

 部室前に着くと見た事の無い、妙に厳つい男がひとり、日本海の岸壁を連想させるよう演歌チックに直立していた。
「お〜、トンぶぅ〜」
 イナモトが手を振り呼び掛けた。コイツがイナモトのツレか。オッサンみたいやな、眉毛ねぇ〜し少し髭生やしてるし…なんて外見から四の五の詮索していると、そいつが俺達に近付いてきた。
「オッス、トヨダって言うもんや。よろしく」
 低くドスの効いた声と風貌は既に二回生の馬鹿どもの薄っぺらい貫禄を2.5ゲームほどリードしてた。それに比べ我が部のニューフェイス・シモムラときたら、「シモムラです、よろしくお願いします」と生徒会長に立候補した「童貞臭いガリ勉君」の様にペコペコしてた。

「来たぞ!整列っ」
 統制のマコトの声に横隊する俺達。慣れない二人も見よう見真似で列に加わる。
「押忍!」体育館横の通路にあの二人が現れた。ヨシダは巨漢のくせに歩幅が小さく急ぎ足でちょこまか歩き、オオツカの一歩は小学校低学年の幅跳びくらいの迷惑な歩幅で、さらに擦り足がに股で脇目も振らずただ一点だけを見つめダメな武士のように闊歩している。
 今や見慣れた登場シーン、新入部の二人の目にはどう写っているのやら…。
 ヨシダはそんな新入部員に気付く事も無く部室へ、しかしオオツカは普段から張り巡らしている妖怪電波に二人をキャッチしたのか鉄扉前でピタリと止まった。漫画でよくある“ギヌロ”というフキダシがそのまま頭の上につくような視線で新顔をなめ回す様に見ていた。
 あ〜あロックオン入っちゃったよ。本当この人の視線はアナコンダが獲物に巻き付き、今まさにフォークとナイフを用意して無茶苦茶なテーブルマナーで食わんとしている様や。ほんと毎日蛇をツマミにハブ酒でも呑んでんじゃねえか?クワバラ、クワバラ。
 俺の妄想どおり二人に恐怖心を植え付けたオオツカはニヤリと笑い部室に消えた。
 しばらくして部室内へ入るよう、二回生から指示が出た。狭い部室にはタバコの臭いが充満し、ゆっくり煙りが靡いていた。
「おっ!?新入りさんきゃ?よういりゃぁたね(よく来たね)。名前はなんて言ってちょうすきゃ?(名前を言ってくれ)」
 ヨシダの口から発せられる名古屋弁はいつも婆ちゃん言葉で、しかも声が高い。後方に立っていた二人は俺達の間を擦り抜け最前列に立った。
 躊躇する二人に、「僕ちゃん達名前は?それと姉ちゃんか妹、すなわちシスターがいたらそれも知りたいなぁ〜」
 どこから見ても取り立て業者のような質問を浴びせるオオツカ。
 対するニューカマー、最初に口開いたのはトヨダであった。
「一年商業科、トヨダです。よろしくお願いします。小学生の妹が一人います。」
 オオツカの質問に正直に答えるトヨダにヨシダは大笑い。しかしオオツカは真顔で返す。
「小学生きゃ、まだ蒼いなぁ、ちょっとムリかも」
 その本気なコメントからも全身が海綿体で構成されていることが十分にうかがえる、海綿体の金太郎飴みたいなビバ・オオツカ!
「次っ」
「一年普通科シモムラです、よろしくお願いします。姉が一人います。」
 その言葉にオオツカは超反応し横臥していた体を反り返す勢いで起き上がり首をろくろ首の様に伸ばし顔をシモムラに近付けた。
「い、い、今、姉って言ったよな、姉って。お姉様はお幾つなられるのかな?はたまた何をしていらっしゃるのかな?して綺麗きゃ?シモザワ君!」
 あかん、この人まぁはい鼻の下伸びきっとる。完全に時代劇のスケベ代官や。名前も間違えとるし、完全にアホのレッドゾーンはいったわ。
 そんな海綿体代官に下村は生真面目に解答する。
「姉は7つ上で銀行員です。世間では一応綺麗と言われてます。それと僕はシモザワでなくシモムラです。」
“綺麗”と“年上”さえ入力すれば、名前なんてどいうでもいい海綿体先輩は激しいダンスを交えて叫んだ。
「シモザワでもシモムラでもそんなもんどっちでもエエわ!要はちゃん姉よ。なぁ、キョーデェー!」
 今会ったばかりなのに兄弟になるのがオオツカの特技である。ただし年上お姉さんがいる場合に限るが…。
「あーこれこれ、シモムラ君とやら、僕かオオツカ君は将来君の兄になる可能性が出てきた。学校生活で困ったり、ここにいる他の一年のたわけどもにいじめられたら、直ちに僕かオオツカに言いなさい。エエきゃおみゃぁさんたー、今日からシモムラ君は幹部候補だで丁重にもてなせよ。おみゃらは着替えて外周(学校周り)走って来い!ささ、シモムラ君は僕達と将来についてとかお姉様達との合同コンパの予定を立てようじゃないか!まさに君は我が部のドラフト1位指名。ゴールデンルーキーということですね。へっへっへっ」

 馬鹿だ…バカすぎる。シモムラの安否が気になりつつもジャージに着替え外周を走る俺達。坂道ではあの白豚イトウが自慢の鈍足を披露していた汗ばむ陽気の春真っ只中だった。


<続>



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 八

〜一回生の章〜 八


 いよいよというか、やっとというか初練習の日が来た。

 仮入部から2週間、応援団らしい事と言えば『押忍』と言う挨拶を覚えた事と毎夕の行列できちんと列んで歩く事くらいか、、、。
 授業が終わりいつものように部室へ急いだ。グラウンドや他の部室はいつもの光景があったが、我が応援団の部室は今までと違うただならぬ雰囲気が漂っていた。
 あの悪魔二人組が早々と部室へ来て、タバコも吸わずジャージに着替え軽いストレッチをしているではないか!

「やあ〜君達、早く着替えて練習をしようじゃないか!」
 前屈しながらヨシダは見せた事もない笑顔で森田健作ばりに爽やかに言った。しかし身体が硬いのか張り出した腹が邪魔なのか、やっぱりデブなのか前屈体操というより軽い会釈にしか見えない動作で額に汗し、先程の爽やかさはぶっ飛び、暑苦しさだけが残った。
 その横ではオオツカが試合前のボクサーのように首を回し、指っをポキポキ鳴らし、時折回し蹴りのような格好を俺達に見せ付け威嚇していた。その眼はまさしく獲物を見つけたアナコンダのようで冷たく光っていた。
 俺達は部室前でパンツ一丁になり急いで着替えをした。

 しばらくすると二回生達も集まり、部室内で着替えを済ませ点呼が始まった。
 中京のジャージは学年別で色分けされていた。それは入学時に決まった色を三年間通して着るのである。俺達一回生はこの春卒業した先輩達の色【緑】三回生は【紺】二回生が一番しょぼく【えんじ】に別れていた。
 そして丸襟、手首、ズボンの側面には【赤、白、青】の通称(中京ライン)があしらわれている。

 総勢20名の点呼が終わりヨシダからの指示が飛んだ。
「よし、今日の練習場は校舎屋上だ。ウチヤマとヤマダ、イナモトは和太鼓と台を持って行け。残りは屋上までダッシュや!校舎横の螺旋階段を上がって行け、2年が後をぼう(追う)から抜かれたらヤキやぞ!行け〜!!」
 ヨシダの号令と同時に俺達は屋上目掛け走り出した。部室から100メーターぐらい走ったところでまたヨシダの声がした。
「行きゃぁせ!!」全力疾走の中振り返ると二回生四人が一斉に走り出した!
「来たぞ!」横を走るセイゴが言った。
「余裕だろ、こなけん(これだけ)距離があるで」
 と余裕のヨッチャンで振り返った俺の眼に恐ろしい現実が映った!?
それは同期で眼鏡でデブで信じられない程鈍足のイトウの姿だった!
“なんだてあのデブ、100メーターもビハインドがあったのに。まぁはい(もう)50メーターぐらい詰められとるだにゃぁか!”
 その後ろを必死の形相で走る二回生に脅威を感じながら俺はセイゴを呼び止めた。
「セイゴ、イトウがヤバイてっ!待っとって連れてこまい!」
 するとセイゴは足を止め、
「イトウ、早よ走れっ!無理ならそこで死ね!」
 激励とも罵声ともとれるセイゴの声にイトウは顔色を変え眼鏡をずらしながらシフトアップした。二回生のムラマツがもの凄い脚力で猛追して来た。
 イトウは体を左右に振り息も絶え絶えで顎を上げ顔を真っ赤にし、今にも転倒しそうだった。
「イトウ〜早よせえや!」セイゴが手を伸ばし叫んだ。
 ムラマツがあと20メートルぐらいと迫った時、俺とセイゴの間にイトウが倒れ込むように体を預けて来た。

「ハァ、ハァすすまん」「喋るな、行くぞ!」
 俺とセイゴはイトウを両脇に抱え螺旋階段に向かった。“階段は狭い、俺とセイゴが壁を作り背後の二回生をブロックしてる間にイトウを先行させれば抜かれずに済む”この超ナイスで古典的な作戦に、後ろからぼって来た(追って来た)ムラマツが金切り声で
「どけぇ〜、お前等!こっすいぞ!(卑怯)」
 と叫びながら俺のジャージに手を掛けた。“何するんだ、この青瓢箪。うっとーしい”それを見たセイゴがムラマツの手を振り払おうと必死だ。
 俺は引きずられながら叫んだ。
「ウオリャ〜!イトウ早よ行きさらせ〜!」
 ジャージが伸び首が絞まりそうになりながら再度叫んだ。“抜かれたら終わりや、なんであの白豚のせいで俺とセイゴが、、、クッソ”怒りの矛先がイトウに向いた時、
「着いた〜!」
 とイトウの声がした。
 上を見上げると螺旋階段もあと半周程で屋上の距離にいた。
「セイゴ行けぇ〜!」命じた声にセイゴは
「アホか一緒に行くぞ!」と俺の腕を掴み階段を駆け上がる。
 俺を掴むムラマツはもう抜く力が残っていないようだった。三段、二段、、、
「ヨッシャ〜!ウォォ〜!」
 屋上に倒れ込みながら二人は叫んだ。
 俺から手を離したムラマツもくたばり果て膝を落としうなだれている。
 俺は仰向けになり猛スピードで深呼吸を繰り返した。目には青い空がものごっつく綺麗に映っていた。そんな小さな感動を感じていると、その青空を隠すようにひとつの影が俺を被った。

「誰や?」逆光で姿が見えない。すると俺の顔に滴がポタポタ落ちて来た。“なんじゃこれ?”生暖かい滴は汗と分かり気持ち悪さで跳び起きると、真っ赤な顔から蒼白になり本物の白豚になったイトウが立っていた。
「ハァ、ハァ、ゴメンな俺のせいで。ハァ、ハァ」
 息まで生暖かいイトウを突き飛ばし
「おみゃぁのせいで、まあちっとでヤキだったがや!セイゴにも謝れっ!」
 激高する俺に一瞬怯んだイトウはセイゴにも頭を下げた。
 そうこうしていると額がナイアガラの滝みたいになった太鼓を担いだタイチとヤマダ、太鼓台を抱えたイナモトに残りの二回生と悪魔二人組が屋上に到着した。
「あ〜あ、ええ天気だなも。練習なんかやっとれえへんわ」
 大あくびと共にヨシダが言えば
「本当だなキョーディ、こんな日はお姉ちゃんとチョメチョメに限るわ」
 と腰を高速回転させながらヘラヘラ笑うオオツカ。“本当この二人は天気同様、脳天気やわ”呼吸を整える俺達にナカシマから号令が、、、

「整列!」
 その声に横一列に並ぶ。続けて、
「横隊番号!」「1、2、3、・・・14。1年14名異常ありません!」
 点呼を終えた俺達をヨシダとオオツカがなめ回すように見ていた。
「1年、抜かれたもんはおれせんのきゃ?」
 統制のマコトが「押忍、おりません」と答えると
「ほうきゃ、優秀だぎゃ」と少し残念そうにヨシダが言った。
 オオツカは俺達を抜けなかったムラマツの前に無言で仁王立ち。オオツカを直視できないムラマツは俯きながら口を開いた。
「押忍、すいません。ニシオとウシダ(セイゴ)が邪魔をして、その、、、」
 そんな言い訳をするムラマツに
「へっへっへっ。ほうきゃぁ〜、邪魔されたきゃぁ〜?役者やのぉ〜」
 と、あの『嗚呼!!花の応援団』の名台詞を吐き捨て睨みを効かせるオオツカ。
 その眼光と迫力に俺達は背筋を凍らせた。しばらくの沈黙の後
「よ〜し校歌だ、おみゃ等覚えたやろなっ!1番、2番をええと言うまで歌い続けろ!ムラマツ!太鼓!」
 ヨシダの命令と共に自然体をとり合図を待った。ナカシマの「校歌〜、よお〜い!」の号令で太鼓が鳴った。(ドン、ドン、ドンドンドン。押忍!)
 初練習である校歌が始まった。最初の1番が終わるや否や、悪魔二人組は二回生のヤスオを屋上の隅っこに呼び、あの“焼肉パーティー”なるへんてこな歌と踊りに爆笑を繰り返し、これっぽっちも俺達を見ていなかった。
“全くあの二人は何を考えているのか、、、。”

 俺達は歌い続けた。30回以上はリピートしただろう。そして頭がぼーっとし声がかすれ始めた頃、
「あれっ?おまえん等まんだ歌っとったんきゃ。そろそろ夕方、ご近所に迷惑だろ。それも下手くそな歌で、お空でカラスがにゃぁとるで、まぁきゃぁってくぞ(帰るぞ)」
 全くジコチューというか適当というかヨシダの言葉に開いた口が塞がらない。
 とどめはオオツカの
「テメェ等、ちゃっと帰るぞ!おはようスパンク見逃したらヤキだでなっ!たわけ!!」
“おはようスパンクだぁ?その顔とキャラで。勘弁してくれよ〜”

 結局二人の暇つぶしに付き合わされた練習初日。【デビルブラザーとヤンキー達】という名でテイチクレコードからデビュー出来るくらい校歌を歌い込んだ。

<続く>


 今回は、今春の選抜高校野球に出場が決まった我が母校を祝し校歌を掲載させていただきます。

『中京高校校歌』
ここ八事山 東海の
大都名古屋の 東に
中京の名を 負ひ持ちて
城と守る 我が学びの舎
凜乎とかざす 真剣味
見よ躍進の 先輩の業績




2008/04/28

『the head・団長への道』〜一回生の章〜 拾弐

2008/03/14

『the head・団長への道』〜一回生の章〜 拾壱

2008/02/29

『the head・団長への道』〜一回生の章〜 拾

2008/02/19

『the head・団長への道』〜一回生の章〜 九

2008/01/30

『the head・団長への道』〜一回生の章〜 八
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