『31年ぶりの部活動』

 日曜日、高校時代の陸上部の顧問の先生の退官パーティがあったので岐阜に帰った。高校を卒業してから初めてのOB会でもあったので、なんかそわそわして仕方なかった。そわそわには理由がある。僕は先生が母校を指導された10年間で、もっとも折り合いが悪い生徒だったからだ。
 先生がバリバリの現役選手として母校に赴任してきた時、僕は生意気盛りの高校3年生で、やれ服装だの髪型だの生活態度だのと注意され、何かとぶつかっては反抗してグラウンドへ行かなかった。俺がいなけりゃ始まらないだろうとタカをくくっていると、先生は、お前がいなくてもまったくかまわないというオーラで跳ね返す。舌戦のあとにはこのような無言の攻防戦が繰り広げられ、僕は先生と打ち解けることなく高校を卒業した。
 あれから31年。先生は弱小陸上部を鍛え上げ、県下で胸を張れる部に育て上げた。その功績が認められたかどうかは知らないが、先生は県内一の強豪校で指導者となり世界的な選手をも輩出し、現在は某高等学校で校長に就かれている。
 
 先生が赴任した当時の3年生だったということもあり乾杯の音頭を任された。話すことなど何も用意していなかったが、長くなると思い起立していた90人の後輩たちを座らせた。
 僕の話はグラスに注がれたビールの泡がほぼなくなるまで続いた。
 内容は、陸上競技を通じて自分が後悔したこと。それだけ。

 後悔の中味は恥ずかしくて書けないが、31年経ってようやく先生に話すことができた。しかも90人の後輩の前で。こういうことを公開懺悔とでもいうのだろうか。乾杯の発生のあとに、先生と初めて抱き合った。互いに歳をとって涙腺が緩んだのだろう、やがてどちらもグダグダの涙そうそうとなり、31年ぶりの部活動は青春のど真ん中を全力疾走で駆け抜けて行った。


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 先生、1000ccのバイクで、どこまでも突っ走ってください。



『夜と朝の間に』

 夏の暑いのも冬の寒いのも嫌いだが、いちばん嫌なのは夜が早くやってきて朝が来るのが遅いことだ。
 昔から暗いところが苦手で、幼い頃は寝る時に部屋を暗くすると、誰かに乗りかられるような気になって、怖くて両親の部屋に救いを求め、川の字になって寝ていたものである。今でもどっかに灯りがないと落ちついて眠れない。もちろん煌煌とではなく、窓から差す薄明かりとか、それぐらいのものでいいのだけど。
 寝る場所はずっと昔から陽ざしが差し込むところって決めていて、年柄年中レースだけ閉めてカーテンは閉めないようにしている。目覚まし時計より陽覚まし時計のほうが寝起きが良くて爽快なのだ。
 ただ冬となるとそうはいかず、ただでさへ朝が遅いのに雨ともなると8時すぎても朝感がまるでない。雪の日は違ったファンタジーがあるからいものの、冬の雨の朝はマジで落ち込む。
 そんな習性があるため、ホテルに泊まってもカーテンなど絶対に引かない。どんだけ出そうなホテルでも、カーテン引いた方が余計にお化け感が増すからである。
 そして時にホテルは、寝ぼけ眼に素晴らしい画を届けてくれる。先日行ったベラッジオもそうだが、夜に映る絢爛豪華な夜景も素晴らしいが、夜と朝がバトンパスするような時間帯の景色にしばし見蕩れてしまった。ややお疲れのネオンサインの向こうには荒野が拡がり、空にはなんともいえないグラデーションが広がる。ここで一曲ラブソングでもと、YAZAWAの「I LOVE YOU,OK」とヒロミゴーの「哀愁のカサブランカ」を唸る。まだ酒の抜けてないべガスの朝焼け、誰も知らない自分だけに世界に浸る僕がいたとさ。

 あー、早く春になれ。朝よ、陽ざしよ、もっと早くやってこい。

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『小さな小さなウエスタン』

 ネバダ州、べガスより60分。ただひたすらに荒野を走り、変わらぬ景色の中、見落としてしまいそうな小さなゲートを発見し侵入すると、ガイドマップにも載らないような小さなウェスタン村があった。荒野のオアシスとまではいかないが、タフなアメリカの茶目っ気がチラリ覗くかわいいテーマパークだった。
 規模的には日光江戸村や東武ワールドスクエアなんかよりももっともっとキャシャでチープな感じだが、ところどころに手作り感が施されていて温もりを感じるのである。売店のおじさんがうたた寝しているぐらい、古き良きゆるゆるのアメリカがそこにあった。
 ウエスタンルックを纏った気のいいおじさんが、25年前に北海道の遠軽にいたらしく、遠軽の素晴らしさを誇らし気に話してくれたが、誰も遠軽に行ったことがなくて、うんうんとうなずくのが精一杯だった。

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『友人と青木宣親』

 ダルビッシュ報道の陰に隠れているが、ブリュワーズへの入団を発表した青木には大いに期待している。彼のこれまでの並々ならぬ準備には目を見張るものがあるからだ。実は、僕の友人が彼の今日までの日常を詳しくレポートしてくれているのである。
 「彼」は青木に心底惚れ込み、自分の人生を重ねるように歩みを共にしている。年齢的に青木よりひとまわりも上の彼は、時に先輩として、時に友人として距離感と温度を変化させながら彼をサポートしている。
 勝手ながら、僕はミルウォーキーで躍動する青木の姿に彼を重ねることになるだろう。茶の間観戦ながら、僕にとっても特別なシーズンが始まることになる。

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 昇り龍となれ青木! 



『ダルビッシュ』

 ダルビッシュとレンジャースとの契約が無事成立してホッとしている。なんとなく球団側に押し切られた感じが強いが、後味を悪くして日本球界にUターンしてもらっても困るので、ひとまずはホッである。
 俺がホッとしてどーなることではないが、野球ファンとしては今季の楽しみが格段と増えるのは嬉しいことだ。彼はメジャーで通用するの?という声も少なくないが、はじめからお墨付きの選手など世界中どこにも存在しないわけで、環境や文化、若干のルールなどが違えば、誰にとっても可能性は未知数だといえよう。
 現に破格のカネを積んで助っ人としてやってきたメジャーリーガーがお粗末な成績しかあげられず、オチをつけて米球界にとんぼ返りして、またひと花咲かせたという話がゴマンとある。ヤンキースの井川はまったくその逆のケースで、その件が今回の交渉を硬化させたのではというメもなくはない。
 さて、ダルビッシュ。彼はどうか? 正直、メジャーをメッタ斬りするダルもメッタ打ちにされるダルも見たいというのが本音だ。コンディションが良かったり悪かったり、それでもローテーションを守って2年3年とシビれるゲームを経験して、野茂さへ足元にも及ばないようなタフなメジャーリーガーに成長して欲しいと願っている。
 5年前、20歳になったばかりのダルビッシュにインタビューをしたことがあるが、そのとき彼は「メジャーなんてまったく興味ないっすよ。英語覚えるのもめんどくさいし」と語ったが、その言葉の裏側にある真意をいやがうえにも感じたものだ。
 自分の力に判を押せるようになったときに彼は初めてメジャーを口にするだろうと踏んでいたが、ようやくその時が来たようだ。20歳の彼はこうも言った。「遊びも音楽もファッションも興味ないですね、野球は仕事だから興味なくはないですけど…でもピッチングには興味あります」
 照れ隠しとハニカミの中から本音がチラリ。彼は世界一のリーグでさらにピッチングへの感心を深める事になるだろう。17勝8敗。無責任に予想させてもらったが、今シーズンを終える頃には彼はローテーションの柱になっていることは確実だろう。
 




2012/01/31

『31年ぶりの部活動』

2012/01/23

『夜と朝の間に』

2012/01/21

『小さな小さなウエスタン』

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『友人と青木宣親』

2012/01/19

『ダルビッシュ』
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