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近所になかなか美味いイタリアンレストランがあって、時折そこでランチをする。熟年夫婦が営んでいるそのお店は、ご主人が厨房に入り奥様が料理を運ぶ。たったふたりでやりくりする小さいけれど素敵なレストランである。
その日僕は一番乗りの客で、4人がけのテーブルを勧められた。他に誰も客がいない店内にいると、北へ向う早朝の各駅停車に乗っているような気分でとてものどかな気持ちになった。とはいえ地元ではそこそこ知れた店で、僕の心の電車が次の駅へ向う前にお客さんが押し寄せて来てたちまち店内は客でごった返した。
隣のテーブルに着席した男性ひとり女性ふたりの熟年チームが楽し気に話をしているのだが、話が時事ネタに及ぶとそのニュースのキーワードが浮かばずにかなりイライラしていた様子だった。
「ほら、ミートホープと同じの、食べ物扱ってる会社の社長で、何の肉扱ってたんだっけ?」
「うなぎでしょ」
「いやうなぎ発覚の前にあっただろ、ミートホープと同じ感じの」
「あったあった、牛肉だ、それ」
「そう、牛肉。確かどこかのブランド牛だったけど…」
「松阪?」「ちがう」「神戸?」「ちがう」
「米沢?」「ちがう」「近江?」「ちがう」
こうなれば横で聞いている、いや聞こえている俺がいちばん歯痒くなって答えを言いたくなってくる。クイズじゃないんだから早く解答を出してほしい。
「飛騨牛!」
「それ、それだよ。長野のさ」
すみません、それ、岐阜です。僕の地元です。間違えないでください。
見たところ3人で220歳を超える超熟年トリオの会話はもどかしく、じれったく歯痒いけれど、それでもなんだか楽しそうで、ランチタイムの過ごし方的にはかなり幸福な時間を送られていたように思う。参考になるな、美味しいだろうな、こんな会話のあるランチタイムって。
混雑する店内に俺だけ4人掛けテーブルにひとり、なんか余裕で申し訳ないと思っていたら、案の定相席を勧められた。向かい合ったのは右のテーブルよりもふたまわりほど若い女性と3まわりほど若い女性がふたり。ともに制服を着ていることから近くの会社のOLと見た。
「あっら、ほんっとにごめんなっさいねっ」
年上の方の女性がとりあえず相席の僕にご挨拶するのだが、小さな「つ」の字をふんだんに使っててなんとも水商売みたいな喋り方だった。そしてこのふたりもまた、向いに見ず知らずの僕がいることなどおかまいなしでナイスな話をするのだ。
「ったくさ、S課長ってほんとにサイテーだよね。私の勘ではあれ、ぜったい課長止まり、もう上に行けないわよ」
「でも○○部長とかとよく飲みに行ってるからうまいことネゴってるんじゃないの?この前なんか常務と駅前で真っ赤な顔して歩いてたわよ」
「へぇ、やるじゃん。でもぜったいに20過ぎまで彼女いなかったタイプだよね。今ならパソコンでへんなサイト見まくってるタイプ」
「今でも見まくってるかもね」
「ねぇ、ときどきSってさ、目でサイン送って来ない?」
「え、どんな?」
「ほら、なんてゆーの、なんかさぁ、ちょっとHな感じの…もう、なに言ってんのよ、ランチタイムぐらい会社の話やめようよ」
どうかわかってほしい。そんなOLふたりの前で煮込みハンバーグを食べている俺の気持ちを。隣には『飛騨牛』を思い出すまでに10分かかり、飛騨を長野県と間違えるベテラン人間もいる。
俺だけひとり、ポツリ。こんなにお喋りな俺が誰とも話せず前から横からめちゃくちゃな話をただただ聞いているだけの控えめなランチタイム。しかも誰ひとりとして俺に聞かれているなんて思っちゃいない大らかな人たちである。だから余計に俺の気持ちを…
いやいや、それが楽しいんだよね。もうランチだけじゃなくいろんなことで満腹ですたい。
各駅停車も加速するとジェットコースターみたいになるんですね。おかげで日記ネタになりました、みなさんありがとう。
わが街二子玉駅より。
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